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HPを立ち上げようと思ったきっかけ~ある方に送った手紙のお返事が大きな勇気になって~要約

2038/03/16

      ~松井 和義先生に送った手紙の要約~
 松井先生への手紙は、大変長く、全てを読んでは頂けないと思いましたので、伝えたかった要約を記したいと思います。
 私はどの宗教の信者でもありませんが、“神”の存在は信じています。神と言うより全世界を大きく包む宇宙のような存在があり、私達全ての生き物のあり様を見守っていると思っています。神戸の震災以降それを強く感じるようになりました。どう私達が起こった困難に対して問題を解決するか、私の言う“神”が遠くから眺めている。ここ20年~30年の間に起こった事は、その答えが出せない、神の思う答えに遠く離れた人間の答えの出し方に再度課題が投げ掛けられ、本当の意味で良い解決方法を探り、人間社会が『これだ!』と思う方法に行きつくのを見守っていると考えています。
 日本人に投げ掛けられた課題は、神戸の大震災、東北の大震災+原発事故、コロナ感染症。この3つを上げただけでも課題が徐々に大きく影響を受ける人が多くなっているのが判ると思います。経済の問題に関してもバブルの崩壊、リーマンショックの状況を見ると、私たち人間の経済成長に対する目標の定め方が余りにも高く、行き過ぎの欲求であるのを私の言う神が、前に進もうとしている人間の後ろから引き留めて『その坂道はあるべき成長と違う目標の方向に行っている!』と元の位置に戻されている現象ではないかと思っています。でも、大きく落ち込んだ後の人間は元の成長に戻そうとして又必要以上に高い目標を定めてしまいます。過去に起こった現況からは学べていない。過去に起こった日本の公害やバブル崩壊はそれを見ながら全世界の人が学ぶべき課題だったのではないでしょうか?その事に気付けていない隣国では、病気になる程農薬を使用し、空気を汚し、不動産関係を始めとする経済的危機に怯えています。良かった成長時期だけからやり方を学び、悪かった結果には目を背けた結果です。その悪かった結果にこそ学び、自分達はどうすべきかを考えなくてはいけなかったのではないでしょうか?
 近年起こったコロナ感染症に関しては、先に起こった課題に対しより正しい方法を選択出来ない私達に次に神様が与えた課題がコロナ感染症だと思っています。今度は、一部の地域に限って課題を与えたのではなく、全世界に課題を与えました。日本は、その課題の解決方法の選択を間違ってはいないでしょうか?流行初期の流行地からの帰国希望者への日本政府の対応、その判断の過ちを振り返る事もなく、謝った対応が続いています。危険なワクチンの導入と継続。本当の意味での終息に至っていない状況下で報道は次々娯楽や食べ物を始めとする買い物の情報を流出し、少しでも得なら『我先に!』と視聴者は動き始め、度重なる感染の再燃。コロナウイルスは、感染症のランクこそ下がりましたが、感染予防の為の本当に良い方法は見つかっていないのが現状です。先ず、個人個人が自分自身の感染予防の為に何をしたら良いか?熟慮すべきです。公表されている予防策だけに任せておくのではなく、その方法を自分なりに検討すべきです。良いと思われる方法は受け入れ、改善すべき点には意見を述べ、自分自身が行って良いと思われる方法は広げて行くべきです。それを怠って『大した病気じゃないから…』と中途半端な対応をしていたら、また課題は投げ掛けられます。どんな事にも絶対はありませんが、もう少し一つ一つの事を熟慮すべきではないでしょうか?いえ、熟慮していらっしゃる方々は本当は沢山いらっしゃる。神戸の震災の復興時も東北大震災の除染の方法も、良い方法を見つけられなかったのではなく、良いと思われる思いを伝えられていない方々が一杯だっただけではないでしょうか?医療も経済も災害に対する対策も全てが政治主導で行われています。政治家は対策を立てる前に十分な時間を費やして国民からの意見に耳を傾けていません。最後の決断はして頂かなくてはいけないと思いますが、少し遠回りと思っても国民一人一人の意見を聞いた上で決断すべきではないでしょうか?国民一人一人も『どうせ言ったってやりたいようにやるんだから・・・』と思って、やり易い様にと忖度して言って来なかったんではないでしょうか?色々な場面を見る度、近頃は放送局に意見として投稿したりします。でも、誰の扉もノック出来ない。もどかしいです。64歳(手紙を書いた時の年齢)の今になって、今迄を振り返って、最後の一言を言わないで来た事が本当に良かったのかと思っています。
 身近な事でも言わなかった事で言ったとしたら、そしてその方向に進んでいたとしたら今より良い結果が出ていたんではないかと思う事が私には沢山あります。『最後の一言が言えない!』ずーっとそう思って生きて来ました。その最後の一言を今はどんな形でも、それが身近にいる人々との仲にヒビが入る事になってもこれからは伝えてみようと思っています。私の考えが異端で、“変わり者”と言われても、残された人生もしかしたらその一言が少ない方々でも救いになるかもしれないと思った事は、伝えて行こうと思っています。
 以上が、長くなってしまいましたが、手紙の要約です。

 

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